高校野球【汗と涙】

俺たちの夏は終わらせない。

【ドラフト】佐渡高校の菊地大稀、佐渡島初のプロ投手なるか?最速146キロの逸材

【ドラフト】佐渡高校の菊地大稀、佐渡島初のプロ投手なるか?最速146キロの逸材

 
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佐渡島で育った少年が、プロの道を決意した。

佐渡高校の菊地大稀(たいき)投手・ピッチャー。最速146キロを誇る注目の投手だ。

今、佐渡島初のプロ野球選手が生まれるかどうか注目を集めている。

 

菊地には、特にこの春からスカウトの注目が集まった。17春は県大会初戦で10球団のスカウトが視察。17夏も初戦で10球団、計20人以上の編成関係者が訪れ、西武、広島、中日はスカウト部長クラスが足を運んだ。

進学かプロか。

菊地の母は、「進学」を勧めたという。実際に大学側からの勧誘は多く、複数の東都の名門からスポーツ推薦で声を掛けられたという。

それでも菊地は、「目標と決めた以上、プロは変えたくなかった。高い目標を掲げたので、すぐに練習を始めました」と語り、夏の敗退から2日後には、下級生の新チームに交じって、夏休みもほぼ休まず体を動かしたという。

菊地はついに「プロ志願届」を提出した。

菊地がプロ志願届を提出したあと、指名候補リスト入りを意味する調査書が続々と届いたという。調査書は、担当スカウトが候補選手の所属先まで、直接持参して手渡すのが慣例。この手続きだけのために、10月上旬までに7球団の関係者が「佐渡島」まで足を運んだ模様だ。

運命のドラフト会議は10月26日。佐渡島初のプロ野球選手の誕生なるか、注目される。

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佐渡高校・菊地大稀のプロフィール


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きくち・たいき
1999年6月2日生まれ
佐渡市出身
小学1年から真野ファイターズで野球開始。
真野中学校では佐渡市選抜のエースとして離島甲子園に出場。
右投げ左打ち。
小学校では野球と並行して地元の柔道場にも通い、黒帯初段の腕前。
好物はチョコレートなどの甘いもの。
右投げ左打ち。
185センチ、81キロ。
血液型O。

 

佐渡の怪腕・菊地「日本で一番レベル高いところで」(日刊)


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2017年10月17日11時13分(日刊スポーツ)
前例のない挑戦にも、愚直なまでにプロ志望を一貫して変えなかった。

菊地 夏の負けで自分の中に迷いが出ると思ったけど、プロ入りへの思いはまったく変わらなかった。プロ野球選手が夢だったし、やっぱり、日本で一番レベルの高いところで野球をやりたかった。 

中学時代に離島甲子園の出場歴はあっても、高校2年秋まで中央球界では無名に等しかった。
今春県大会のベスト16が最高成績で、シードで臨んだ夏は初戦(2回戦)敗退。大会直前に右太もも裏を肉離れし、「初戦で負けるつもりはなかったので、気持ちの整理がつかなかった」と、不完全燃焼のまま高校野球を終えた。2年までは大学でのレベルアップを念頭に、漠然と進学を考えていた。

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母美佐子さん(50)も夏の結果を受けて、強く進学を勧めた1人。実際、大学側の勧誘は引く手あまたで、複数の東都の名門からスポーツ推薦で声を掛けられており、練習会に参加するとブルペン入りした、エースの横で並んで投げる「特権」を与えられたこともある。

それでも「目標と決めた以上、プロは変えたくなかった。高い目標を掲げたので、すぐに練習を始めました」と敗退から2日後には、下級生の新チームに交じって、夏休みもほぼ休まず体を動かした。
宮木洋介監督(32)は進路相談で何度も話し合った。「僕は迷いました。大学の練習会に参加した反応を見ていたら、『大学を選ぶかな』という感触でしたが、途中からいちずでしたね」。

夏休みの終わりに最終確認。「プロに行きたい」という意思を尊重し、志望届提出が決まった。

佐渡島初のプロ野球選手なるか?