【アツい物語】新川高校・浜木迅也投手、PL出身 西野監督に出会い独立リーグ目指す!

【アツい物語】新川高校・浜木迅也投手、PL出身 西野監督に出会い独立リーグ目指す!

新川高校の浜木迅也投手、PL学園出身の西野監督に出会い、自らの可能性を信じ、徳島の独立リーグにチャレンジします。監督との出会いが、彼ら高校球児の人生を切り拓く。

西野監督が新川高校に来て、新川高校が変化する模様をスポーツ新聞などから抜粋しました。

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富山)独立リーグ・徳島に入団する新川高・浜木迅也投手

2017年12月17日03時00分
朝日新聞

野球の独立リーグ・四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスへの入団が内定した新川高3年生。「2、3年以内にNPB(日本野球機構)入りして野球をする姿を、サポートしてくれた監督に見せたい」と抱負を語る。

11月に香川県であったトライアウト(1次テスト)に参加。2次テストが免除され、アイランドリーグ加盟4球団のいずれかに入団が内定する特別合格者に選ばれた。同リーグのドラフト会議で徳島インディゴソックスから10位指名を受けた。「レベルの違う野球に少し不安も感じるけど、うれしい」と笑顔をみせる。

6月までは、高校を卒業したら就職して野球は趣味で続けようと思っていた。気持ちが変わったのは、野球部の西野新太郎監督(36)の言葉だった。「まだ伸び幅あるぞ。上のレベルでも野球ができる」

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高校では入部以来、公式戦ではほとんど初戦負け。小・中では体が大きくなるにつれて、プレーも上達していく楽しさがあった。しかし、高校ではあまり熱心に練習に取り組まない雰囲気に流されてしまった時期もあった。

今年4月、高校野球の強豪校だったPL学園(大阪府)出身で、甲子園でプレーした経験もある西野監督が赴任すると部の雰囲気は一変。トレーナーに体の使い方を一から学び、西野監督からはバント処理の動きなど丁寧に指導を受けた。筋肉量も増加。直球の球速は135キロから140キロほどに上がった。

今夏の富山大会で同校は5年ぶりの1勝をあげた。ただ「今でも思い出すと悔しい」。制球が乱れて、思うように投球ができなかったという。2回戦で敗れた後も、下半身のトレーニングなど後輩と練習を重ねてきた。

徳島は10月、独立リーグ日本一をかけて争う日本独立リーグ・グランドチャンピオンシップで、BCリーグの信濃グランセローズを破り、3年ぶり2度目の日本一に輝いた。同月のNPBのドラフト会議で指名された投手もいる。「直球をもっと磨いて、気配りができるような、チーム内から信頼してもらえるような投手になりたい」(吉田真梨)

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PLでセンバツ4強の新川・西野監督、母校流“食トレ”導入!部員11人で5年ぶり夏1勝だ

2017年7月8日11時0分  スポーツ報知

 弱小チームから強豪校へ―。第99回全国高校野球選手権富山大会に向け、新川が新たな一歩を踏み出した。長年、低迷してきたが、今年4月にPL学園出身の西野新太郎監督(36)が就任し、練習環境は一新。フィジカル面の強化に着手すると、エース右腕・浜木迅也(しゅんや、3年)は最速140キロをマークするほど急成長。戦力アップした新川ナインが、部員11人で5年ぶりの夏勝利を目指す。

西野監督が就任して3か月、チームの雰囲気はガラリと変わった。「全力プレー」を合い言葉に、厳しい言葉を投げかける指揮官だが、その表情は生き生きとして楽しそうだ。以前は大敗が多かった練習試合も、最近では接戦が増えてきた。「少しずつ、前向きになり、より頑張れるようになった。私も今まで導いてもらったように、野球の素晴らしさを伝えてあげたい」と温かい目で見つめる。

“PL流”レトルトカレーで力を付けた。午後5時になると、練習を一旦止めてネット裏に集合。監督が温めたレトルトカレーを食べ始めた。西野監督は大阪・PL学園時代、1999年のセンバツに2番手投手として出場し、準決勝で優勝校の沖縄尚学戦(6●8)に先発した実績を持つ。指揮官は高校入学当初、厳しい寮生活に苦労して体重は16キロも減少。体力が落ちて肘を故障した。「体力が落ちると、無理が重なってケガにつながる」と指揮官。選手たちには自身のPL時代と同じように、練習中に食の進むカレーを食べさせ、体の増強を図る。3か月で球速が5キロアップして140キロになったエース・浜木は「最近は体重を増やす努力をしている。夏は145キロを出したい」と手応えをつかんでいる。

4月の就任当初、指揮官は野球部の荒れ果てた状況に驚いた。選手たちは練習中にベンチで休憩し、室内では暖房ヒーターに手を当てて雑談。グラウンドには雑草が生え、部室内はゴミ屋敷。浜木は「ゴミ箱はあったけど、捨てに行く人がいなかった。2年生の時に雑草が生え始めて…」と証言する。西野監督就任後はアップ前に草むしりに取り組み、部室のゴミも捨てて整理整頓。春は1―9で魚津工に7回コールド負けを喫したものの、指揮官の熱意が、選手たちの向上心を芽生えさせた。

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学校、父母会、OBもバックアップし、先月中旬には監督室やベンチの屋根が完成した。「目の前の一戦に全力を注ぎ、選手の力を発揮させてあげたい」と指揮官。大きく成長したナインと共に過ごす、最初で最後の夏に挑む。(中田 康博)

◆西野 新太郎(にしの・しんたろう)
1981年6月12日、京都府生まれ。36歳。PL学園では投手で、1999年センバツで4強。同期には元プロ選手4人がいた。東農大北海道卒業後は、日本学園(東京)、津田学園(三重)、関西中央(奈良)、明桜(秋田)で指導した。178センチ。血液型B。家族は妻。

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PL出身の新川・西野監督、初陣飾れず…7回コールド負け

2017年4月23日8時0分  スポーツ報知

◆春季高校野球 富山県大会 ▽1回戦 魚津工9―1新川=7回コールド=(22日、県営富山ほか)

PL学園OBの西野新太郎監督(35)が就任した新川は、1―9の7回コールドで魚津工に敗れた。序盤から守備が乱れて連続失点。5回に1点を返すのが精いっぱいだった。

新川の西野新監督は、初の公式戦でほろ苦デビューした。1年生3人を含め、11人で戦ったが、守備のミスから連続失点。打線もわずか2安打と不発に終わった。ベンチから大きな声で指示した指揮官は「指示や、やるべきことが、まだ徹底できていない。でも、この20日間で、野球には前向きに取り組めるようになれました」は振り返った。

PL学園では投手として活躍し、1999年のセンバツ準決勝の沖縄尚学戦で先発した経験を持つ。東農大北海道オホーツクを卒業後は、指導者を目指し、全国の強豪校でコーチ、監督を歴任。京都府出身だが、母方の祖父母が富山・入善町出身という縁もあり、採用試験を受け、今年4月に着任した。

「負けていい試合は、一つもない。やるからには甲子園を目指したい」と西野監督。新天地で大きな目標をかなえる。(中田 康博)

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新川、PL流意識改革で5年ぶりの夏1勝


2017年7月16日9時0分  スポーツ報知

◆全国高校野球選手権富山大会 ▽1回戦 新川2-1南砺福光(15日・県営富山)

富山大会が開幕し、1回戦9試合が行われた。新川が南砺福光を2―1で下し、5年ぶりの夏勝利を挙げた。今年4月にPL学園高出身の西野新太郎監督(36)が就任し、ナインは心機一転。最速140キロのエース右腕、浜木迅也(しゅんや、3年)が4安打、10三振で自責点0と好投。8回は2安打などで勝ち越し、指揮官に初白星をプレゼントした。

再出発した新川が、2012年以来の夏白星だ。全部員11人がグラウンドに整列し、高らかに校歌を歌い上げた。完投勝利したエースの浜木は「監督に勝利をあげたかった。チーム全員で勝利できて嬉しい」と実感を込めて語った。西野監督は「3か月前を考えると、格別な勝利。指導者として心に残る試合でした」と笑顔で振り返った。

1点を争う白熱した戦いで浜木が力投した。自慢のストレートと切れのある変化球で真っ向勝負。1回には失策で先制を許したが、動じなかった。「最速が140キロになったことで、チームの士気も上がっている」。序盤から徐々に調子を上げ、8回から9回にかけては、南砺福光の主軸から4者連続の空振り三振を奪う圧巻の投球を見せた。

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冬場は主に筋トレをする程度で、チームの雰囲気は緩んでいた。ティー打撃では1球打つごとに30秒間も談笑。「みんなだらけていて、休憩時間が異常に長かった」と浜木。筋トレでは野球に関係ない箇所まで鍛えていたというが、PL学園高出身の西野監督就任後は一変した。

新指揮官の熱血指導に加え、トレーナーから専門的な指導も受けた。「自分たちのためにいろいろと教えてもらった。期待に応えたいと思いました」。エースの自覚が芽生え、野球ノートでは監督と意思疎通を図り、意識も様変わりした。

次の目標は5年ぶりの16強入りだ。「次も子供たちの力を発揮させてあげたい」と西野監督。信頼関係で結ばれた11人の部員と快進撃を誓った。(中田 康博)

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