【横浜高校】熱男・増田珠、本当は名前が「まる」になる予定だった?(ソフトバンク)

【横浜高校】熱男・増田珠、本当は名前が「まる」になる予定だった?(ソフトバンク)

ソフトバンクにドラフト指名され入団が決まった横浜高校の増田珠。じつは、名前が「まる」になる可能性があったとスポーツ紙が報じている。

松坂大輔を擁した同校が甲子園で春夏連覇した翌年。1999年5月21日、増田は3890グラムで産声を上げた。

父照久はテレビ番組の制作会社勤務、母美穂はタウン誌の編集者。

生後2カ月で保育所に預けられた増田は幼い仲間たちと伸び伸び育った。「一人っ子らしくないと言われるのはそのせいかも」と美穂は語る。

1歳でキックスケーターを乗りこなし、側転もできた。同学年では体も大きく、稲佐小に入学するとソフトボールチーム「稲佐青空」に誘われた。

照久がロッテファンで夜のテレビはプロ野球中継。当たり前のように野球のとりこになった増田は、録画した甲子園中継を繰り返し見ては野球を知らなかった美穂に“解説”した。

エースになった小4のとき、コーチに言われた。
「おまえは2歳上を相手にしていけ」。この言葉が横浜高で1年からレギュラーを奪う原動力になる。

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同じころ小学校で課された人生設計を考える作文に書いた。「U-15(15歳以下)日本代表に入り、プロ野球選手になる」。小6で九州大会準優勝。中学で硬式の「長崎リトルシニア」に入ると、投手と外野手の兼任で1年時から毎年、全国大会に出場した。九州選抜にも入りその名は確実に広まっていった。

体育委員長だった淵中3年時。
体育祭にかける思いも人一倍だった増田は披露するソーラン節も完璧に仕上げていた。
だが、その日はU-15日本代表のセレクション。「中学最大の目標だったから迷わなかったけど…」。
結論は出ても、後ろ髪を引かれた。雨天順延になれば増田も体育祭に参加できると、クラスメートはてるてる坊主を逆さにしてまで祈ったという。

「これで落ちたら合わせる顔がない」。

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重圧の中、実戦形式の1打席目で本塁打。代表の主将と4番も務め、全国の強豪校から次々と声が掛かった。「いい投手と対戦してレベルを上げたい」。そして決めたのが、現役プロ選手を最も輩出している名門だった。

本当の名前は「まる」だった?


増田が生まれる前、父照久と母美穂は胎内にいたまだ見ぬ子を「まるちゃん」と呼んでいた。産後に名前を変えるつもりだったが、「まるちゃん」の呼び名に愛着が湧いた2人は当初、そのまま「まる」と命名。
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丸いイメージの漢字を探す中で、宝物を意味する「珠」に行き着いた。だが、親類から「いじめられてしまう」と猛反発されたことから、同じ漢字で読み方を変え「しゅう」となった。

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