増田珠、高校デビュー戦で大失敗。渡辺監督が伝えた言葉とは(名将)

増田珠、高校デビュー戦で大失敗。渡辺監督が伝えた言葉とは(横浜高校の名将)

ソフトバンク・ドラフト3位、増田珠外野手(18)の七転び八起きだった高校3年間を振り返る。

一人っ子の増田は幼いころ、鏡の前で繰り返し仮面ライダーの変身ポーズを決めていた。

神奈川・横浜高に入り、胸に紺色で「YOKOHAMA」の文字が入ったグレーのユニホームに初めて袖を通した日もまた、鏡に写る自分の姿を見て顔のにやけを止められなかった。

デビューは最悪だった。

最初の練習試合で3三振を喫し、中堅の守備でも満塁の場面でトンネルしランニング本塁打を許した。

「高校野球が終わった」。

絶望していると、同校を春夏5度の甲子園優勝に導いた監督(当時)の渡辺元智に声を掛けられた。

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渡辺監督の言葉

「最初にとんでもない失敗をしたやつの方が、いい選手になるもんだ」。

名将の目に、狂いはなかった。「1年生がはつらつとプレーしないと失礼」と迷いがなくなり、2学年上の主将から中堅のレギュラーを奪取。1番に座った夏の神奈川大会では、準決勝で本塁打も放った。

故障しても勝負強さは変わらなかった。

1年時の8月、右手首にひびが入った。翌年3月には練習試合で左足を負傷。上半身だけで打撃練習をしていると、ついに右手首の骨が折れてしまった。

手術を受けた後、本格的な練習もしないまま復帰。6月の試合の1打席目で右中間へアーチをかけた。2年夏の神奈川大会で3本塁打を量産し、初めて甲子園の土を踏んだ。

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投手ではなくスカウトと戦う増田珠

最高学年になると強すぎるプロ志向から大振りが目立始める。

「投手よりスカウトと戦っている感覚だった」。

監督の平田徹に「四球を選べる選手が本当にいい選手」と諭された。我慢を覚えた3年夏、神奈川大会の5回戦から決勝まで4戦連発の5本塁打をマークした。

2度目の甲子園は初戦で熊本・秀岳館高に敗れたが、中学時に続き世代別の日本代表に選ばれた。カナダでのU-18(18歳以下)ワールドカップは大会前に右手首に死球を受けた影響もあり19打数3安打。目標だった日本代表のユニホームは長崎の実家のクロゼットにしまってある。「トップチームで(代表に)入らないと意味がない」。有言実行してきた野球小僧の頭の中にはいつも道しるべがある。

一人っ子・増田にとっての“兄”

中1冬、九州選抜で台湾遠征した先輩からの話で、存在を知った。「関東にはフジヒラって、どえらいやつがいる」。フジヒラとは同じ大会に南関東選抜で出場、のちに楽天入りする藤平尚真。1学年上の藤平を追って横浜高に進み、入寮後は同部屋となり“兄貴”と慕った。今年は藤平に託された「声と笑顔でチームを救え」の言葉を帽子に書いてプレー。プロでの対戦を心待ちにする。

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