加藤廣志が死去、能代工業バスケ部元監督

加藤廣志が死去、能代工業バスケ部元監督

能代工業高校バスケットボール部を率いて33度の全国制覇を成し遂げた元監督の加藤廣志(かとう・ひろし)氏が4日午後1時20分、肺腺がんのため能代市の病院で死去した。80歳。

高校バスケットボールを題材としたスラムダンク中に登場する「山王工業高校」のモデルとされるのが能代工業。

プロフィール

1937年 秋田県藤里町生まれ。

能代工業高校から日本体育大学へ入学。

卒業後、1960年に母校・能代工業高校教諭に赴任し、バスケットボール部監督に就任。

埼玉国体での全国初優勝以来、全国優勝33回を達成し、そのうち三冠王(国体・インターハイ・選抜の3大会優勝)を5回、インターハイ7連覇という偉業を成す。

1990年監督を引退し、能代工業高校教頭、秋田県立スポーツ会館館長、秋田県教育長保健体育課課長、秋田県教育長参事など歴任し、1997年に能代工業高校校長となり、翌年1998年に定年退職。

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