【退任理由は】福井・啓新高校 大八木監督が年内で勇退、東海大甲府で甲子園11回

【退任理由は】福井・啓新高校 大八木監督が年内で勇退、東海大甲府で甲子園11回

福井県の啓新高校の野球部・大八木監督が、年内で勇退することがわかりました。スポニチが報じています。

大八木監督と言えば、山梨県の高校野球界をけん引し、あの東海大甲府で甲子園11回の出場を果たしています。
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大八木氏は、現役時代、東海大相模で控え捕手として夏の甲子園で全国優勝。
その後、東海大相模のコーチ、東海大学の助監督、東海大甲府で監督を務めます。
その後は、東海大高輪台の部長、相洋高校監督、福井の啓新高校の監督を務めました。

啓新・大八木監督 退任へ 東海大甲府で甲子園11度出場

12/19(火) 6:18配信

スポニチアネックス
東海大甲府で春夏合わせ11度甲子園に出場し17勝を挙げた啓新(福井)の大八木治監督(64)が今月限りで勇退することが18日、わかった。動体視力の衰えを最大の理由に挙げ、高校野球の指導の第一線から退く。

東海大相模、東海大で捕手としてプレーし1979年から東海大甲府を指揮。対戦相手を研究するデータ野球を導入し、85年夏には山梨県勢として初の全国4強に導いた。教え子の久慈照嘉(現阪神内野守備走塁コーチ)、萩原淳(現四国・愛媛コーチ)らをプロ球界に輩出し、2012年4月に野球部を創設した啓新の初代監督に就任。阪神のドラフト6位・牧を擁した今夏は福井大会準々決勝で福井商に敗れ甲子園出場を逃していた。
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大八木治の略歴(ウィキペディアから)

原貢のいた東海大相模高校に進学し、1970年には控え捕手として夏の甲子園で全国優勝を経験している。その後東海大学に進学。
卒業後は東海大相模コーチ・東海大助監督を経て1977年に東海大甲府高校に赴任した。当初はコーチとして指導していたが1979年に監督に就任し、13年間の在任期間中に夏の高校野球で7回、センバツ大会で4度山梨代表として出場、うち夏に1度、センバツで2度のベスト4進出を果たした。
1991年を最後に東海大甲府監督を退任し、その後は東海大高輪台高校部長、さらに相洋高校監督に就任するも甲子園出場を果たせず、2000年には夏の第1シード校として神奈川大会に臨んだものの、初戦(2回戦)で鶴嶺高校に大敗。これを機に監督を退任した。
相洋高校で男子ソフトボール部顧問を務めたのち、2012年の4月から福井県啓新高校の野球部の監督に就任。

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