元PL学園・西川佳明の今現在、トラック運転手(PL学園野球部の鉄の掟)

元PL学園・西川佳明の今現在、トラック運転手(PL学園野球部の鉄の掟)

元PL学園・西川佳明は、現在トラック運転手だ。

現在の年収はプロ1年目と同じ600万円。

45歳で妻・裕美さん(41)と結婚。49歳で授かった長男・翼君(5)との家族3人の生活を守るため、大型トラック運転手に転身。現在は1トンの鉄板や重機を北は青森から南は鹿児島まで全国に運ぶ仕事のため、1週間、家に帰れないこともざら。後部座席で仮眠を取るなど過酷な生活を送っている。

「息子が20歳までって考えたら、まだ15年は頑張らないと。69歳ですか、その時は。それまで何事もないように頑張らないと」と語る。

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元PL学園・西川佳明の経歴

PLでは、チームメイトの吉村禎章や若井基安とともに活躍し、2年生の秋には秋季大阪府大会と秋季近畿大会で優勝。

1981年の選抜では、5試合45回を一人で投げ切り、被安打19、防御率0.20、三振43、四死球7、被打率.123、完封3。打者としても打率.353という輝かしい成績を残し、特に決勝の印旛高校戦では、1-0とリードされて迎えた9回裏一死、代打の選手の同点3塁打が出た直後に、一二塁間を抜くサヨナラヒットを自ら放って逆転優勝を決め、「逆転のPL」の名を高めた。 

その後、法政大学を経て、南海ホークスに入団。

契約金は1500万円、年俸は600万円だった。プロ1年目で10勝、オールスター出場も果たすなど活躍したが、「球のキレとか段々悪くなって…」、6年目で阪神にトレードも29歳で戦力外通告を受け、引退。

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PL学園野球部の「鉄の掟(起きて)」

PL学園野球部の伝説的な鉄の掟(過去)を紹介する。

野球部は、専用の「研志寮」で暮らし、一つの部屋に3学年の選手数人が同居。1年生は「部屋子」と呼ばれ、主に3年生の付き人となって、練習の手伝いや食事・洗濯など生活の世話をした。

先輩の前では「はい」と「いいえ」でしか受け答えすることが許されず、笑顔を見せることも御法度。打撃練習用のボールをひとつでも紛失すれば、1年生部員は真夜中であろうが探し回った。そして朝は3年生よりも早く起きなければならない。理不尽な「鉄の掟」がいくつも存在した。

1年生の誰かがミスをすれば連帯責任となり、“説教”が待っていた。

清原和博がテレビ番組で、「暴力はPLの伝統」と語ったことがあるが、それに異論を唱えるOBはいないだろう。

野球部OBはこういう。「今の時代に、ふさわしくない伝統だとは思うが、あの1年生の1年間を乗り切れたからこそ、社会に出た時にどんな苦境にも耐えられる。毎日、3年生のお世話が終わり、ホッとすると、夜中なのに同級生と乾燥室でお菓子を食べたりしていました。疲れ切っていたけど、それが幸せの時間でね。“今日も生きてた”って。今の時代にはふさわしくない上下関係ですが、だからといって僕らの時代まで否定してほしくない」

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