【一問一答】青木宣親(宮崎県日向高等学校)、ヤクルト入団会見「球団を愛している」

青木宣親の出身高校

宮崎崎県立日向高等学校では2年生時からエースとなり、3年生時の1999年春季九州大会では県予選を勝ち抜くが、2回戦で東海大五高に9回裏サヨナラ負け。同年夏の甲子園県予選は準々決勝で鵬翔高に敗れた。
早稲田大学人間科学部スポーツ科学科に指定校推薦で進学。

青木宣親 ヤクルト入団会見一問一答

青木は「このたび6年間アメリカでプレーしてきましたが、今年から、2018年から、古巣のヤクルトでプレーすることを決断しました」とあいさつ

 -オフの調整は

 青木 シーズンが終わって1カ月ぐらい休んで、そこからトレーニングを中心にやっていました。投げたり打ったりもしましたけど、決まる直前から今までの1週間ぐらいは、天候も良くなかったので。状態としては悪くないです。

 -日本人投手との対戦となるが

 青木 大きく変わるところだと思います。しっかりアジャストしていく気持ちがあります。ベースボールと野球の違いはすごく感じているし、なるべく早く野球に近づけたいと思います。

 -山田哲人について

 青木 WBCで一緒にプレーしましたし、いい選手に変わりはない。山田自身、才能に気付いていないですね。もっとすごいプレーヤーになる。内面から変わっていけば、もっともっと良くなると思います。

 -昨季のヤクルトの印象

 青木 自分もネットとかニュースで見ていた。メンタルがやられますよね、あれだけ負けるとマイナスイメージしか湧かないというか、なかなか立ち直れないと思う。でもこうして練習の内容とか量とか、いろんな方面から変わろうとしているのを感じます。いい方向に行ってほしいです。

 -今キャンプは10時間の猛練習

 青木 びっくりしています。それだけ耐えられる体力があるということだから、やっぱりやればできると思う。負けて、厳しくなるのは当たり前。厳しさの中に楽しさを感じて欲しいし、何か達成した時の喜びを感じると、もっともっと良くなると思います。

 -意気込み

 青木 個人的なものは、日本1年目なので正直、手探りなところ。でも早く順応できれば必ず結果はでると思う。日本にいた時のような成績を残せればと思うけど、チームとして優勝したい。(米国移籍前の)2011年の時に優勝を逃しているので、日本の時代そこで1回、止まっている。また、そこから先に進めたい。自分のやり残したことはヤクルトが優勝することだと思っている。その気持ちをずっと持ってやっていきたい。

 -日本復帰決断の決め手

 青木 はじめはメジャーを優先して探していたけど、市場の動きがスローペースだった。そんな中でヤクルトに迷惑がかからない時期はここまでじゃないかなと考えて決断しました。

 -日本ならヤクルト

 青木 毎年声を掛けてくれていた。ずっと気持ちの中で思っていたこと。

 -背番号23

 青木 しっくりきていますね。個人的には1より23の方が好き。

 -米国の6年間

 青木 自分を変えてくれた。言葉もベースボールも米国の常識も分からない中、生活から全てが試練というか。そんな中でいつでも前向きに楽しさを忘れずにやってきた。相当自信になりました。

 -青木にとって、ヤクルトとは

 青木 自分はポスティングで去っていった感じだった。そんな自分を温かく迎えてくれたこの球団を愛しているし、今は優勝させることしか考えていません。

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