【注目選手】筑陽学園 福岡大真(2年生)|あの鹿児島・樟南エース福岡真一郎の息子

筑陽学園 福岡大真|樟南エース福岡真一郎の息子

1994年夏の甲子園、鹿児島の樟南高校は準優勝を果たす。

あの時のエース・福岡真一郎の息子が、福岡・筑陽学園にいる。

彼の名前は、福岡大真(2年生)だ。2018年秋季福岡大会・九州大会を制覇し、明治神宮大会へ出場した。

明治神宮大会でソロアーチの活躍

明治神宮大会の初戦・桐蔭学園戦では、筑陽学園(福岡)が桐蔭学園(神奈川)に10-1と7回コールド。福岡大真がソロアーチを放つなど活躍した。

福岡大真は、端正なルックスで甲子園のスターになった父から「段ボールに収まらないくらい、ファンレターが来ていた」と“自慢話”を聞かされてきたという。それだけに「超えて黙らせたいです」とコメント。

現在、父はチームのトレーニングコーチを務める。「(グラウンドで)どうやって呼んでいいのか分からないので、呼びません」と苦笑い。そんな父の指導の甲斐もあって、体重は入学時の体重から10キロアップの75キロになりパワーアップ。

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樟南高校の福岡真一郎プロフィール

甲子園を沸かせた樟南高校の福岡真一郎と田村恵(元・広島)のバッテリーといえば、あ!と思い出す方も多いだろう。

94年の決勝戦戦、佐賀商vs樟南。

佐賀商業のキャプテン・西原が史上初の決勝戦でのサヨナラ満塁ホームランを放ち、全国制覇を果たした。

あの時にマウンドにいたのが、樟南の福岡真一郎である。

高校時代に春夏通算4度甲子園に出場し、鹿児島商工から樟南に校名変更した1994年夏、エースとして準優勝に導いた右腕。

樟南から九産大に進学したが、1年の時に右肩を痛めた。卒業後は、社会人のプリンスホテル入りしたが00年に廃部。故障もあって野球人生に区切りをつけたという。

その後は数年、保険会社に務めたが「どうしても野球にたずさわりたい」と再奮起。スポーツジム勤務の傍ら、筋肉や体幹強化を指導するトレーナーの資格を取得。7年ほど前から筑陽学園のトレーナーを週1回務めているほか、社会人の軟式野球部やソフトボールチームのトレーニングにもたずさわる。

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息子・福岡大真は筑陽学園へ進学

(写真右)
最初は公立校を志望していたというが、「私立なら筑陽と思っていた」と、入学後は迷わず野球部に入部した。この秋の新チームからレギュラー。チームのトレーニングコーチを務める父に対し「高校で野球をするようになってお父さんのすごさが分かった。どれだけ遠いかも分かった」とコメントしている。

筑陽学園・福岡大真のプロフィール

  • ふくおか・だいしん
  • 2001年9月16日生まれ
  • 佐賀県鳥栖市の基里小4年から「原町少年野球」で軟式野球を始め投手、捕手など複数のポジションにつく。
  • 基里中ではフレッシュリーグ「筑紫野ドリームズ」で外野手。
  • ホークスカップ優勝。
  • 176センチ、74キロ
  • 右投げ左打ち
  • 6番右翼手(2年)

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