仙台育英、この半年間の物語|対外試合禁止処分「部内には動揺と悲しみ、怒りが渦巻いていた」

仙台育英「対外試合禁止」の半年間の物語。「部内には動揺と悲しみ、怒りが渦巻いていた」

仙台育英が6月4日までの半年間の対外試合禁止処分の期間を経て、いよいよ再出発します。

日刊スポーツが、この半年間、仙台育英で何が起きていたのか、ここまでどう歩んできたのかを新監督である須江航氏にインタビューしています。

高校野球ファンはぜひ最後まで読んでほしい記事です。

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処分明けの仙台育英が再出発、日本一へ勝利の五か条

6/6(水) 日刊スポーツ

昨年12月に硬式野球部の元部員らの飲酒、喫煙行為が発覚し、4日まで半年間の対外試合禁止処分を受けていた仙台育英(宮城)が5日、再出発した。佐々木順一朗前監督(58)が引責辞任し、同校OBで系列の秀光中教校軟式野球部を中学日本一に導いた須江航氏(35)が1月から新監督に就任した。今週末の9日から始まる石川遠征で初采配となる。「日本一からの招待」をスローガンに掲げて歩んだ半年間を聞いた。【取材・構成=高橋洋平】

須江監督が部員と初対面したのは、昨年12月10日に行われた佐々木前監督の辞任会見直後の室内練習場だった。部内には動揺と悲しみ、怒りが渦巻いていた。須江監督は12月中の時間のほとんどを77人の部員たちとの個人面談にあてた。

須江監督 彼らが求めていることをまずやろうと思いました。僕の色に染めるつもりはなくて。こんなに暗くてなってしまった高校の思い出をただただ塗り替えてあげたかった。

ヒアリングの中で出した結論が、佐々木前監督の自主性を重んじる体制を維持しつつ、自身が得意とする技術指導を組み合わせていくことだった。

須江監督 子供たちが私に何を期待しているのか。物事を変えることは3日もあれば十分です。だから根本的な考え方はとにかく「選手ファースト」でした。まずは自分が我慢して、変えることを慎重に、本質を理解して生徒自身が「もっとこうするべきだ」と気付いた瞬間に変えていきました。

選手に寄り添うことから始め、スローガンは秀光中から愛用している「日本一からの招待」に決めた。

須江監督 目標から招かれるほど追求していかなければ、と思い定めた信念です。招かれるには(1)確かな技術(2)野球の本質の理解(3)勝負運(4)勝者としての振る舞い(5)うそ偽りない365日の日々。条件は恐らく無限にありますが、それを満たしていかないといけません。

まずは生活面を正すことから始めた。日々の授業をしっかり受け、あいさつや整理整頓を徹底。また地域貢献を掲げ、ボランティア活動も始めた。1月から周辺の清掃活動など週1度以上のペースで継続。地域住民からは差し入れが届くようになり、練習場に足を運んでくれる住民も増えた。

須江監督 部活動を通して、地域の皆様と感動を分かちあうことができなければ、高校スポーツの価値がないと思っています。地域の人が誇れる野球部に、地域の文化になりたいんです。そして学校は学力の向上とともに、学ぶ場でもあります。意思が強い、我慢ができる力を意味する「自制心」などの「非認知能力」を高めてほしかった。1週間に1回だったミーティングを毎日やって、野球以外のこともいっぱい話しました。目に見える、感じられる積み重ねを意識することで、日々に「疾走感」が生まれていきました。

体制、運営が定まっていく中で、須江監督には夏本番まで6カ月という時間しか残されていなかった。技術面では「質の向上とともに量の確保」を掲げた。

須江監督 1人1人の成長や成果を出すには、今までと同様に自分で考える練習や生徒がやりたい練習が必要と考えました。でも一方で、それが生徒自身にとって都合の良い練習に変わっていることにも気付いていました。質とともに練習や経験の量を確保しないといけないと思いました。

3月からは2、3年生の全部員を出場させる紅白戦を行った。昨秋までの実績はすべてリセット。2カ月間で100試合以上もこなした。野手は計6296打席も立ち、3年生野手は最低100打席、同投手は60イニング登板を達成した。

5月からは「代表決定戦」と呼ばれる全30試合の部内リーグ戦を始めた。3月の紅白戦の成績から各ポジション別の上位者を順番に4つに分け、12人前後のチームを編成。紅白戦の成績1位チームの中には競争に勝った昨秋ベンチ外の選手も含まれ、逆に昨秋のレギュラーが下位チームに回った例もあった。優勝すればチームごと夏のベンチ入りが確定する仕組みだ。

須江監督 紅白戦ですが、春季大会以上の緊張感があったと思います。1つのプレーで自分と仲間の人生が変わる。それを本質的に理解した選手は練習の取り組み方が変わりました。

佐々木前監督がつくった土台に、須江新監督の手法がブレンドされた新生仙台育英が、ついにベールを脱ぐ。

須江監督 昨年12月の段階で思い描いた6月5日の未来より現状は、はるか上にいます。生徒としての人間的成長、選手としての技術的向上が日々に現れています。それをつくりだしたのは選手の献身さと素直さです。その姿に僕はほれ込んでいます。大好きな子供たちと少しでも長く、一緒に野球をやりたいと思っています。

◆須江航(すえ・わたる)1983年(昭58)4月9日、さいたま市生まれ。小2で野球を始め、鳩山中を経て仙台育英に進学。2年秋から学生コーチを任され、3年春夏の甲子園に出場。センバツでは準優勝した。八戸大(現八戸学院大)でも学生コーチ。06年から秀光中教校の情報科教諭となり、14年は楽天西巻賢二を擁して全国中学校軟式野球大会で優勝。168センチ、65キロ。右投げ右打ち。

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