智弁和歌山の高嶋仁監督が退任・引退へ、後任は中谷仁コーチ|理由「ノックができなくなって」

智弁和歌山 高嶋仁監督が引退、後任は中谷仁コーチ|第100回大会の終わり

名将・智弁和歌山の高嶋仁監督が引退・勇退することが日刊スポーツの取材でわかった。後任は、現在コーチを務めている中谷仁氏が濃厚。秋から新・中谷体制でチームが始動する見通し。

歴代最多の春夏甲子園通算68勝(35敗)を誇る名将・高嶋監督が、第100回大会の夏の高校野球が終わる節目に、指導の一線から去る。

新たに監督に就任する中谷仁コーチは、1997年夏の甲子園で全国制覇を遂げた当時の正捕手でキャプテン。実は当時から高嶋仁監督は自身の後継者として、中谷の名を挙げていた。本人も、中学時代、高校野球で指導者になることを夢見ていた。

高嶋監督の名言集:肉まん事件など

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高嶋監督の退任理由について

8月25日の記者会見で、白いシャツにネクタイ姿で会見に挑んだ高嶋監督は退任理由について

「ノックができなくなってしまったことが大きな要因の一つ。もう一つは体力的なもの。この年になるといろんな病気もある。薬も飲んでいる。野球部の生徒に迷惑をかけた。100回大会に出場できたことで理事長にお願いしていた」とコメント。

「悔いが残っているのは今売り出し中の大阪桐蔭を倒せなかったことが一番悔いが残っている。中谷新監督に引き継いでほしい」と語った。

同席した藤田清司理事長は「昨日、中谷が監督に就任した。高嶋監督は名誉監督として奈良、和歌山とも指導してもらう」とした。

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明徳義塾・馬淵監督のコメント

「目標がなくなったわ。勝ち星とかじゃなく、あれだけの大監督に近づきたいと思ってやってきた。寂しいわ。もう1回甲子園でやりたかった。…西谷に電話した。シーズンオフに勇退のパーティーをやらなあかんと。でも高嶋さんはフェニックス(不死鳥)だから、分からんぞ。」

「酒を飲んで野球の話をするのが、高嶋さんが一番楽しかった。あの勝負師としての高嶋さんが一番大好きだった。苦労人というか、エリート畑を歩んできたわけじゃないから余計に好きだった。…今後、野球界にずっとおってほしい。『THE高校野球』みたいな人やから。」

大阪桐蔭・西谷監督のコメント

夏の甲子園決勝戦に、智弁和歌山・高嶋監督は訪れていたという。

大阪桐蔭・西谷監督は「優勝してその日の晩に『おめでとう。春よりも強くなってたな』とメールをいただきました。夏の甲子園でお会いした時は、そんな様子がなかったので、正直びっくりしています。」

「びっくりしています。本当なのかなと。間違いであってほしいと思いました。いつか辞められる時が来るかなと思っていましたが、いざその日が決まると本当に寂しいです。お世話になった大目標の監督」とコメントした。

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夏の甲子園では「このままでは終われないかな」と語っていた

2018夏の甲子園では、近江に初戦で敗れた智弁和歌山。

試合後の談話で、高嶋監督は、ライバル大阪桐蔭との対戦が実現できず

「それが一番心残り。桐蔭とやってね。そこまでは負けられんな、という気持ちがあった。その前にやられた。それは仕方ない。

また出て来られるようなチームをつくらんと。まだまだ、このままでは終われないかなっていう、そんな気はあります。100回大会に出て来られたっていうのは運を持ってるかなと思っていますけど。200回に出て来られるはずもないので。そこまではちょっと」

と語り、今後も智弁和歌山を指導するのか注目を集めていた。

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後継者・中谷仁、高嶋監督が後継者として挙げていた男が中谷仁新監督

過去、数々のインタビューで、高嶋監督は後継者として、中谷仁の名前を挙げていた。

彼が高校時代、理事長から後釜はどうするのかと聞かれたので、中谷がいいと指名したんです。それで大学で教員免許を取らせて帰らせようと考えていた。そうしたらプロに行かせてくださいと。それで全部(計画が)狂ったんです(笑)。

阪神で終わったと思って、よし呼んでこいって言ってたら、今度は楽天に行くと。回り回ってやっと去年帰ってきた。でも、やっぱり縁があったんでしょうね。プロであちこち渡り歩いて苦労しているから、そういう経験が生きるんじゃないかと思います」

「もう、いつ代わってもいいんですけどね。あとは学校側がどう言うかだけ。ただ、気掛かりな点は給料が安いこと。プロでやってきた人からしたら、どうしても安いから『そこだけは辛抱せえよ』と言ってるんですけど

高嶋監督は引退後にやりたいことは「アフリカにいきたい」

インタビューにかつてこう答えている。

ノルウェーとアフリカに行きたいね、家内と2人で。嫁さん孝行せんと、野球も落ち着いてできへん。どこの監督もそうでしょうね。だから、若い監督には『嫁さん孝行せえよ』と言ってます」。

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高嶋監督は中谷コーチを高く評価

中谷コーチが来て、智弁和歌山に変化があったという。

「コロッと変わりました。特にバッテリー。中谷は、自分が座っていい球を受けると『おっ!田中マー君と同じやな』とか言うんです。実際に田中の球を受けているので投手は乗りますよね。それだけじゃなく『マー君はピンチになればなるほど制球も精度もよくなる。でも、お前はプレッシャーがかかったら全然ダメや』なんて言うので、雰囲気が違います」

「それ(中谷コーチの指導法)は僕が真似できんところです。あとはプロがやっているトレーニングを取り入れたりね。そういうのを見て、年寄りがやっとったらあかんなという気になります。ずっと『いつ辞めさせてくれんねん』という感じでやってきた。気力はあるけど、もう70(歳)越えたら体力がね。だんだん欲もなくなってきた。

今までは(甲子園の通算)最多勝とか目標があった。それも達成してもうええと思ったら、(春夏合わせた)監督単独での甲子園出場記録があると言われて。福井商業の北野(尚文=元)監督の36回だと。今回それに並んで。キリがないです。俺かて野球の後の人生がある」

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智弁和歌山の新キャプテンは黒川史陽

智弁和歌山の2018夏以降の新チームが始動した。黒川史陽(2年)が新主将に、遊撃手の西川晋太郎と捕手の東妻純平が副主将になった。1、2年生合わせて24人でのセンバツに向けた戦いが始まる。

黒川主将は「先輩に頼っている部分があったので、一人ひとりが自立したチームにしたい。まずは選抜に出ることだけを考えて、この負けを次に生かしたい」と話した。

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高嶋仁のプロフィール・経歴など

(たかしま・ひとし)1946年(昭21)5月30日、長崎県生まれ。海星(長崎)で外野手として夏の甲子園に2回出場。日体大卒業後、72年から智弁学園監督、80年から智弁和歌山監督。94年春に甲子園で初優勝し、その後97年、00年夏に全国制覇。主な教え子はヤクルト武内晋一、日本ハム西川遥輝ら。

中谷仁のプロフィール・経歴など

(なかたに・じん)1979年5月5日生まれ、和歌山市出身。183センチ、95キロ。右投げ右打ち。智弁和歌山では春夏通算3度の甲子園に出場。97年度ドラフト1位で阪神に入団。楽天、巨人を経て12年に現役引退。プロ通算111試合で、打率・162、4本塁打、17打点。17年4月から智弁和歌山コーチ。

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