【名将の軌跡】智弁和歌山 高嶋監督の名言集一覧|明徳義塾 馬淵監督と大阪桐蔭 西谷監督へ「口撃」

智弁和歌山 高嶋監督の名言集<語録>

第100回目の夏の終わり、智弁和歌山を長年率いてきた名将・高嶋仁監督が勇退を発表した。

ここでは、ここ最近の高嶋監督の名言を振り返りたい。

高嶋監督・馬淵監督、打倒・大阪桐蔭を掲げた18夏

─高嶋監督は昨秋の近畿大会で敗れた直後、春夏連覇を達成した1987年のPL学園に匹敵するチームと評した。

高嶋:それはリップサービス。うちも欲しかった選手がたくさん大阪桐蔭に入っている。それが腹立たしい。

馬淵:いつまでも大阪桐蔭の時代が続くとは思いません。チーム状況にはバイオリズムがあり、勝てない時期も必ず訪れる。僕は西谷君の太りすぎた身体のことを心配していますよ。いや、大阪桐蔭対策を考えるぐらいなら、西谷君が体調を崩すことを待った方が早いかも分からん。お菓子でも段ボールにどっさり入れて送りますかね(笑)。

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仲良しな3監督|高嶋監督、馬淵監督、西谷監督

高嶋 和歌山からも選手を次々持っていくんやからなぁ(笑)。

西谷 いえ、誤解ですよ。和歌山の中学生は、智弁に行きたくても(高嶋)先生のところは学年10人(の少数)で……(後略)

馬淵 四国や九州からもようけ行っとるなあ(笑)。

14年の国体では

14年秋の長崎国体では、長崎生まれの高嶋監督は出場できなかった。

馬淵監督は「高嶋さん、来たかったやろうな」とつぶやき、名物の豚まんを高嶋に届けたという。

「何や?いやみか?」という高嶋の電話に、馬淵は「西谷ですわ」と。

西谷監督は高嶋監督と馬淵監督について

「勝負への執念、絶対負けへんというものはいつも感じます。高嶋監督は『打ち勝つ』、馬淵監督はしぶとく『耐えて勝つ』。野球のスタイルは全然違います。性格も、馬淵監督の気遣いは本当にきめ細かい。優しいし、気配りができるし、関わる人みんなを見ておられます」と語る。

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東海大相模・門馬監督に対して高嶋監督

「年を取るごとに、何を考えとるのか分からんようになってきた……。大阪の監督によう、似とる。ヤバいですよ!! 体型も似てきている(苦笑)

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