【特集】大阪桐蔭 横川凱(巨人ドラフト4位) 西谷監督に怒鳴られた過去も

大阪桐蔭 横川凱 2018年 巨人ドラフト4位で入団

大阪桐蔭 横川凱は、2018年の巨人ドラフト4位で入団。契約金4000万円、年俸500万円、背番号は「62」に決定した。

彼の人となりを理解する際、大阪桐蔭で3年間を共にした「西谷監督が語った根尾の思い出」をご一読していただきたい。

以下、インタビュー記事を引用・掲載する。



西谷監督が語る「横川凱」とは

<デイリースポーツ 2019年1月、大阪桐蔭の西谷監督のインタビュー>

 -横川は中学時代にかなり高い評価だったと聞いた。

 「中学のポテンシャルで言うと、うちでエースになっておかないといけないですね。身長が190センチありますからね。みんな育てたい選手ですけど、その中でも育てたい左投手でした。なかなかいる素材じゃないので。(OBの阪神)藤浪じゃないですけど。まして、左なので」

 -甲子園では結果を残せなかった。3年間での成長は。

 「まだ殻を破れていないですね。大きなくくりで言うと、ずっと成長しているんですけど、僕らの期待が高いので。いい加減とかは全くないし、勉強もできる。ただ、マイペースなので。柿木と好対照です。柿木には『おらー』っていけるけど、横川は『(練習で)投げるか?』と聞くと、『いや、ちょっと…。また明日』みたいな。『投げへんのかい!』って。大成したら投手として、いい性格なんでしょうけどね」

 -横川が2年夏の甲子園前に、練習の姿勢を見て怒鳴った時があった。

 「よくありますよ。なかなか、力が出し切れないところがあったので。練習は本当に付きっ切りでよくやりました。僕らからしたら、歯がゆい時間が長かったですね。もっともっと、できる子なので。17年のセンバツで静岡戦(※1)がありましたけど、あんな大切な試合で(2年だった)横川を先発させているんですから。(3年生エースの)徳山の次に先発させているわけでしょう?その時点で言えば、この学年で柿木ではなく、横川で行っている。こちらとしてはそういう期待も込めた状況でした」

 -高校では不完全燃焼だったが、進路はプロに絞った。

 「うちに来てプロへ行きたい、とずっと言っていましたが、(18年の)センバツ後に進路を考えようと言った時でした。半ばふてくされたような感じで『大学や社会人で…』みたいに言ったので、めちゃくちゃ怒った記憶があります」

 -本人に迷いがあったのか。

 「『自分の中で大学や社会人に行って、プロに入るって描けてないやろ?今のまま志望届けを出したら結果も出ていないのに…って言われるのが嫌で、じゃあ大学ってことやろ?』と聞くと『はい』って。『失礼なことを言うな!そんなんだったら、大学も社会人もやめとけ!本当にプロ行きたいなら勝負しろ』って言いました」

 -いったんはプロを諦めかけたのか。

 「ご両親も交えて何度も話をして、最後にもう一回ちゃんと話をしようと言ったら『どんなことがあってもプロで挑戦したい』って言うので。『それがダメだったらダメで、俺が次のことは考える』と伝えたんです。(誘いを受けていた)大学も断って。そこらで覚悟は決まったんじゃないですかね

 -そこで吹っ切れた?

 「プロに挑戦したい気持ちがあるのに、それに嘘をついて大学って言い出した時に比べれば。夏が終わってから状態はいいですよ。国体もよかったですし。遅いですね(笑)」

 -プロでの期待は。

 「内面の強さは持っているんですが、時間はかかるかもしれません。まして、巨人ですから。でも、藤浪じゃないけど身長が大きい分、これからだと思います。大器晩成であってほしいですね

 ※17年センバツ2回戦。大阪桐蔭は静岡と対戦し、先発・横川は1/3回5失点で降板。




「テレビ持参」で入寮した横川

巨人ドラフト4位・横川が入寮。横川はテレビを持参した「根尾とは逆で、めちゃめちゃテレビを見るので持ってきました」と笑った。

また、母方の伯父からもらったという本を持参。「先日もらいました。人間的にも鍛えられるような本だと思うので、本をしっかり読みたいと思います」本の題名は「小さな人生論」(藤尾秀昭著、致知出版社)。

母の兄で、1980-90年代に松下電器のバレーボール選手として活躍した伊藤松男さんからもらったもので、人間的にも多くを学び、成長につなげる。

契約金4000万円、年俸500万円で仮契約

「自分含めて4人(大阪桐蔭・根尾、藤原、柿木)がプロ野球にいけることは、本当にすごいことだと思います。

3人は高校の侍ジャパンにも選ばれて(自分が)一人だけ選ばれてないという悔しさもある。

プロの世界ではその悔しさを持ちながら他の3人に負けないような活躍をしたい。… 多くの人たちに夢を与えられる選手、憧れられる選手になるというのが、自分の描いている選手像です」



巨人からドラフト指名を受けた横川

「ドラフト当日はほっとした気持ちだったけど、今はほっとしている場合じゃないと思っている。実力はまだまだなので、しっかりと練習をしないといけない。しっかりと体づくりをして早く1軍で活躍できるようにしたい」とコメント。

原監督の印象については「小中学生のときにテレビでプロ野球をよく見ていた。原監督のジャイアンツは強いチーム。テレビの中の人だし、雲の上の存在です」と話した。

小学時代に阪神ファンの父親に甲子園での巨人戦の観戦に連れて行ってもらった思い出を披露。「早く、あそこで投げられるようになりたい」と誓った。

横川凱のプロフィール・出身など

横川凱(よこがわ・かい)2000年8月30日、滋賀・米原市生まれ。

柏原小2年時に野球を始め、大東中時代は「湖北ボーイズ」でプレー。ボーイズリーグ選抜「NOMO JAPAN」入り。大阪桐蔭高では1年秋からベンチ入り。甲子園では17年春、18年春夏の計4試合に登板。

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