【ドラフト候補】東邦のエース石川昂弥、父も東邦OB|大阪桐蔭など全国強豪校からの勧誘された注目選手

東邦・石川昂弥、平成最初と平成最後の王者目指す

【センバツトピックス】キャプテントークで東邦・石川昂弥主将は、「平成初優勝の時に父親がいて、平成最後で自分に回ってきた。東邦が優勝して締めくくりたい」。

父は1989年(平元)の優勝時に同校野球部に所属。ベンチ入りはかなわなかったが、捕手としてプレーした父からは「頑張れと言われました」とエール。

センバツ・決勝/本塁打2本・3安打完封で頂点

センバツ決勝で、東邦が習志野に6-0で勝利し、平成最後の甲子園で平成元年以来30年ぶり、単独最多となる5度目の優勝。春は通算56勝目で単独トップ。

石川昂弥が3安打で完封。打撃でも一回に先制2ラン、五回に中押しの2ランを放ち、史上初となる決勝の“完封&2発”を記録した。大会3本塁打は92年の星稜・松井秀喜らに並ぶ、1大会最多の本塁打。

高校通算本塁打を45本に伸ばした。



センバツ・準決勝/明石商に4-2完投

東邦のエース石川が強打の明石商業を2失点完投勝利。「相手は2年生エース。絶対に負けられない」と中森との投げ合いを制した。

今大会、広陵戦で高校通算43号ソロ本塁打を放つなど打撃面でも輝きを見せてきたが、この日は4打席凡退で2試合連続無安打。

「なんか最近、投手になっちゃったというか、打てなくても投球で頑張ればいいと切り替えられるようになってきた」と語っている。



センバツ・広陵戦/高校通算43号ホームラン

東邦12ー2広陵(2回戦)

東邦主将でエースの石川昂弥が、広陵戦でも投打に活躍。投げては6回4安打無失点。打っては、3回にレフトへの高校通算43号本塁打を放った。「きょうは自分たちの力を全部出せた」とコメントした。チーム16安打7盗塁で12点を挙げ、八戸学院光星との初戦で150キロをマークした広陵のエース河野を攻略した。

センバツ・富岡西戦/石川・163球の熱投

【初戦・東邦3―1富岡西】

東邦・石川が初戦・富岡西戦で先発し163球を投じ、1失点完投勝利。打っても2打点と投打に存在感を示した。「しっかり自分の力は出せた。疲労はないですが(球数は)終わってみてビックリ。9回投げたことがほとんどないので」とコメントした。



大阪桐蔭らも注目した石川

あの大阪桐蔭・西谷浩一監督も注目し、熱心に勧誘していたとされる東邦高校の二刀流・石川昂弥(たかや、新3年)。

18秋の大会からは新チームを率いるキャプテンに就任。背番号エースのあかしである「1」を背負う。

18秋季東海大会の岐阜第一戦では、満塁ホームランを放ち、この本塁打で高校通算35本目となるスラッガー。

小学生時代は、あの大阪桐蔭の根尾昂の経歴にもある「中日ドラゴンズジュニア」に、中学時代はジュニアオールジャパン(NOMOジャパン)に選出された逸材だ。

東邦・石川昂弥(いしかわ・たかや)のプロフィール

2001年6月22日生まれ。愛知県半田市出身。亀崎中時代は愛知知多ボーイズで遊撃手。東邦入学後は1年春からベンチ入り、同年秋から三塁手のレギュラー。右投げ右打ち。

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父は東邦OB、なぜ東邦へ進学したのか

中学時代は、注目選手として全国に名が知れ渡っていた石川。

あの大阪桐蔭の西谷監督も熱心に勧誘していたという噂もあり、全国各地の強豪校から引く手あまただったであろう。

父は、東邦高校の野球部出身だ。山田喜久夫(のち中日、広島)ら1989年選抜の優勝メンバーである。捕手だったがベンチ入りできず、甲子園ではアルプス席で応援に声をからした。ちなみに、母も東邦出身で、1学年後輩だという。

過去、父はインタビューにこう答えている。

「東邦以外の高校へ行く選択肢もあることはありました。でも、県外だとなかなか、実際のチーム事情は見えない。東邦ならぼくらも試合を見に行けるし、環境もチーム状態もよくわかる。早い段階でレギュラーになるチャンスもあるはずだ、と考えたんですよ」。

名門・東邦の二刀流、石川。センバツ、夏の甲子園と大暴れすればドラフト上位候補として一層の注目を集める存在になるだろう。

先輩・藤嶋健人(東邦→中日)以来の高卒プロを実現することができるか、注目だ。

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